痩せた背に単(ひとえ)を掛け、雑賀孫市は畳を這った。文机に置かれていた書物が気になっていたらしい。手に取って、灯りを便りに読みはじめた。蝋燭の炎は揺れていたが、人体から立ち上る蒸気を見つける双眸には、なんの問題もないようだった。
松永久秀はその興味が意外で、孫市の頬を後ろから見つめていたが、やがて孫市は音読をはじめた。
「髪が黄ばみ、顔色が黒ずみ、骨高く肉が荒れ、男性よりも年たけて多くの子を産み、身がつかれて気に潤いがなく、心がはたなだ猛々しくて声は男のようであり、脇の下が臭く、陰門が乾き渋って白帯、赤帯などのある女性には、交わるべきではない。もし、思わずしてこのような女性と交合すれば、胃の宝を損じるものだ」、
孫市は振り返って久秀を見上げ、
「照れねえの? 」
と首を傾げて尋ねた。久秀は微笑って、
「私が書いたもので私が恥ずかしがる、ということは無いよ。祐筆とはそういうものだ」
孫市はふうん、そういうもんかねえと関心を失って、『黄素妙論』と題された書物をぽいと投げ捨ててしまった。
孫市にとってすべての女は女である。
対して久秀にとっては、身綺麗な良家の娘こそが女であった。久秀は陣中でかき抱く遊女の出自にも拘った。
この時代、貿易の隆盛によって梅毒が日本に輸入されている。キリシタンの爆発的な増加にともない、感染者は畿内に拡がっていた。
久秀は罹ることを畏れ、孫市はその時はその時だ、と思っている。
孫市は久秀をけらけらと笑う。その首筋に、久秀の噛んだ痕が滲んでいる。