大坂城の御対面所(謁見の間)には南蛮渡来の寝台が置かれている。還暦を過ぎた豊臣秀吉は、上半身をゆっくりと起こし、腕を伸ばした。黄金に染められた衾(ふすま)がてらてら光りながら落ちる。表裏を真白い絹、ふっくらと膨れた綿入りの袷仕立から、対照的に浅黒いあばらが覗いていた。指先から肘までの線が痩せている。天下人はひどく老いていた。

「内府殿」

 秀吉は手を遣る。小刻みに震えている。支えるかのように別の掌が応じてみせた。こちらの袖口は吝(しわ)く、指は短く、肥えている。内大臣、徳川家康のものである。

「内府などと、――弟とお呼びください」

 家康は二人目の正室に、秀吉の妹である旭を迎えていた。八年も前に他界しているが、秀吉を義兄と呼ばねばならない楔を、家康は律儀にあつかった。

 一人目の正室を殺すときにも、同じように律儀者だったに違いない。織田信長に武田家との密通を疑われて、息子ともども処断したときにも。

「秀頼のこと、くれぐれもよろしくお頼み申す。秀頼、――お拾いはまだ三つ、弟殿の助けが必要でござる」

 家康は子を思う父親の顔になって、

「かならず」

 とこたえた。

 下座にあって石田三成は、狸爺め、太った指で秀吉様に触るな、と思う。

「上様、そろそろ御身体をお安めください」

このところ三成は、幼い頃からなんとか隠してきた口汚さを、吐き出したくて仕方がない。

三成はもともと近江の土豪の次男で、茶坊主に出されていた。鷹狩りの一休みに立ち寄った秀吉に、歓待の見事さを買われたのである。三成は、秀吉の喉の渇きを潤すために、はじめは大きな碗にぬるい茶を煎れた。秀吉が一気に飲み干すと、やや小さい椀に熱めの茶を半分ほど、最後には熱い茶をごく少なめに煎れた。三成は兄弟子たちの気に入る茶を試行錯誤した結果を見せただけなのだが、秀吉はまるで宝物を発見したかのように肩を抱いた。

「賢い! 」

 呵呵大笑、としか言いようのない様子に、三成はそのとき戸惑った。だが、今でもはっきりと覚えている。あの頃の秀吉の手は大きく、ぴかぴかと健やかであったのに。

二十四年が経っていた。

三成はギリリと奥歯を噛んだ。

「佐吉、佐吉や」

 はっと見上げる。佐吉は三成の幼名で、秀吉に寺から引き取られた時分はまさにそう呼ばれていたものだった。

三成の一言で仕方なしというふうに、家康は秀吉から掌を解いていた。やり場を失った秀吉の右手が衾の上を叩いている。三成は頭を垂れて、寝台の足元に近づいた。家康が後ずさる。

 秀吉が、小声で言った。

「小便じゃ、佐吉。小便がしたい」

「今しばらくお待ちを」

会話の内容を聞き取ったのか、家康が一礼をして下がる。袴が畳みと擦れる音がした。三成は小姓に目配せをする。

「共をせよ」

三成が秀吉の腰を起こそうとした瞬間、家康が後ずさりをやめて、御対面所はしんとなる。

「あ、あ、間に合わん」

 秀吉のかすれた声が響いた。絹がじわりと内側から濡れる。目にしてしまった。酸のまじったような臭いが鼻をつく。三成はわずかに嫌悪を感じた。すぐにその感情を恥じたが思い直して、この嫌悪にこそ、と三成は秀吉に膝を折った。

 受け止めろ。これが現実だ。

秀吉様は遠くないうちに亡くなられるだろう。

 おれが、豊家を守らねばならぬ。おれが、秀頼様を守らねばならぬ。

 近江十七万石の石田三成が、二百万石を超える徳川家康に関が原で対陣するのは、これから四年、秀吉の死から三年のことである。