奇襲部隊を待ち構えて討ち、逃げ惑う兵を残さぬ勢いで駆ける。返り血が、兜に、鎧にこびりつく。黒くならないうちに、また次の飛沫が飛んでくる。それは父、孫堅の姿か、それとも自らのものなのか。孫策にはどちらでも良かった。部隊の将、黄祖は仕留め損なったが、襄陽に籠城する劉表はさだめし歯噛みが、聞こえるようだったからである。
「明朝、襄陽を攻める!」
 勝鬨の代わりに宣言する父に、孫策は右手を挙げて答えた、
 刹那、
 風を矢が切って、まるで吸い込まれたみたいに、父の胸に刺さっていった。
「父上!」
 孫策は叫んで、馬を締める腿の力を強くした。落馬する父が目の前にいる。何が起こったのか、わからない。馬を降りて、父を抱き抱える。信じられないほど、軽い。
 かすかな月明かりでもはっきりと知れるほど、父の顔色は悪かった。孫策は矢を見やった。毒。しかしいったい何が毒なのか、理解できない。
 江東の雄、孫堅が襄陽を攻め、やがて荊州を獲る。時期尚早だと咎めたてる声もあったが、孫軍の勢いは誰にも止められないはずだった。
 だからこんなことで、父が死ぬわけがない。
 認めたくなくて、孫策は孫堅を揺さぶった。
「父上! 父上! 」
 しかし孫策は知っていた。如何に容易く、男が倒れるか。孫策自身、数多くの命をもぎ取って来たのだから。
「若、動かしてはなりません! 」
 遠くで黄蓋の声が聞こえた。孫策の腕から力が抜けた。動かしてはならない。父の身体に毒がまわる。――けれど、ほんとうはわかっている。
もう手遅れなのだ。
 孫策は改めて、父の顔を見た。
 あどけなさを残した眠り顔だった。
 ああ、おれの顔だ、と孫策はさとった。
 おれもこうして容易く死ぬのだろう。
 遠くない将来に闇が一刃の光のごとき強さで掛かっているのが、孫策にははっきりと見えた。
 暁が近く、そのためかえって空は暗かった。
 









「こころ」っぽく書きたかった