「あ、月じゃ」

伏犠が目をやると、確かに、月だ。
青空にぽかりと、真昼の月が浮いている。

「おお、本当じゃな。
しかし不思議なものじゃな、異界からこうして、常のものが見えるとは……
遠呂智がわざわざ仮想の月でもこしらえたのかな」

伏犠が半分独り言のように呟く傍らでガラシャは空を見上げたまま、
ぽかんと放心したような顔をしていた。

「わらわ達はあそこから落ちて来たんじゃろうか」
「なに?」

伏犠は思わず視線をガラシャに移した。ガラシャは口を開けたままじっと月を見ている。
その様子と、月を代わる代わる見較べる。
謎は解けなかった。

「なんじゃ、お主、月から来たのか?」
「伏犠どの、あれは空の穴じゃよ」

ガラシャは真面目くさって頷いた。

「わらわ達は吹き飛ばされてここへ来たじゃろ。
元の世界から飛ばされて、あの穴から落ちて来たのじゃよ!
世界と世界が、月の穴で繋がっておるのじゃ!!」

ガラシャはぱっと笑顔になった。その様子は自分の仮説が見事立証された学者を思わせた。
伏犠は頷きながら聞いていたが、ガラシャが落ち着いたのを見てゆっくりと言った。

「お主は随分と色々な事を思い付くな。たいしたものじゃ。
それによく考えてある。考えるのが好きなのか?」

「うむ!たくさん知って、たくさん考えるのが好きなのじゃ!
世は不思議で美しい。知らないことを知ると嬉しくなるぞ!」

「そうか。うむ、それにはわしも同意見よ。実に世界は美しい。
そうだな……ちんまいの。何故我らは空中に浮いておれん。
何故地へ落ちてくる」

突然の問い掛けにガラシャは面食らった様子だった。
しかし伏犠が再び、どう思う?と言葉を重ねると、すぐに眉間に皺を寄せて考え出した。

「ええと。うーむ。難しいのう……よくわからぬ……」

弱った声を出しながらも、音を上げようとはしなかった。
伏犠が楽しそうに見守る中、ガラシャは暫く続いていた静寂を破り、

「空気よりわれらの方が重いからかの?」

と、言った。
それを聞いて伏犠が笑い声を弾けさせ、ガラシャはぎょっとしたように目を見開いた。

「そ、そんなに違ったか?」

「はははは!いや、すまん、お前さんは本当にいい子じゃな。女カが気に入ってたのもわかる。
そして実に賢い。よしよし。そうじゃな、お主の考え方は合っとる。では、何故重いと落ちる?
それにもちゃんと理由があるんじゃよ」

「む。重いと何故、か?
確かに、理由がある道理じゃな……しかし……ふむ、何故、何故じゃろう……」

うんうん唸っているガラシャの頭を伏犠は優しくぽんぽんと叩いた。

「それはな。地面がお主を引っ張っているからじゃよ。
月が円いのは目で見てわかるな?あれは球体じゃ。
そして、実はわしらのおる世界も球体なんじゃよ。月と同じ様で、月より大分でかい。
そしてお主を引っ張る様に、月を引っ張っておる。月があそこへ在るのは、そういった事なんじゃよ」

「なんと!」

ガラシャは頓狂な声を上げたが、すぐに静かになり、もじもじしだした。

「どうした?」

「……よくわからん」

「そりゃあ、今のじゃわからんよ。ものすごく短く言ったのだからな、
話せば長い事なるからのぅ…そうじゃな、よし、つまり、だ」

伏犠はキョロキョロすると調度筆の代わりに出来そうな長さの木の枝を広い、やにわにしゃがみ込むと地面に大小二つの円を描いた。

「こっちが月じゃよ」

言いながら小さい円を大きい円を囲むよう付け足す。
ガラシャは今度こそ置いて行かれまいと慌てて傍らに並んでしゃがみ込んだ。

「伏犠どの、そのいっぱいの丸はなんじゃ」
「全部月じゃな。と言って、月が沢山あるのではないぞ。

月はわしらの世界の回りをぐるぐる回っている。
ものすごく昔からずっとな。
何故こうして (と、言って月の一つから下一直線に矢印を引いた)落ちてなくなってしまわないかというと、
こうして…わしらの世界が引っ張っているからなんじゃ。
そして、落ちる力と引っ張る力が釣り合い、ふふ、そうじゃな、お市が得物を振り回すのを思い出すといい。
糸が引っ張り続けるから、球はすっ飛んでいかず、回り続ける。
あんな感じじゃよ。実際には糸と違って地が引っ張る力は目には見えぬがな。
だから月は浮かんで見える。実際には落ち続けているのだがな」

ガラシャはじっと聴き入っていた。息も止めんばかりに耳を伏犠の声に集中させている。
そして伏犠が説明を終えたのを見てすぐ、伏犠の記した地球に当たる円を指差した。

「こっちはどうして落ちぬ?」

「こっちか?こっちは太陽が同じように引っ張っておる。えーと、こうじゃな」

「あっ、伏犠どの、変じゃよ、太陽大きすぎるのじゃ」

「大きいんじゃよ。ただ、ものすごーーーく遠くにある。
遠くの山は小さく見えるな。あれよりずっとずっと遠いんじゃよ」

「ふーむ、不思議じゃ。では何故そんなに大きいのに夜は見えないのじゃ?」

「我々が上に住んでおる球体が回っとるんじゃよ。
転がされたた鞠のようにくるくる回りながら、太陽の回りをぐるりと一年掛けて回っている」

「なんと!!今もか!?」

「今もじゃよ」

ガラシャは不思議じゃ、不思議じゃとしきりに口にしながら、
伏犠が一つ説明する間に五つは新たな疑問を見つけ出し、いつまでも問答は終わらなかった。
周囲の地面は丸や三角、矢印、人の形、ぐにゃぐにゃした曲線に埋め尽くされ、事情さえ知らなければ人の心をぞくりとさせそうな、異様な雰囲気を発し始めている。
いつしか日は傾いていた。
夕日に照らされた図形達の中に、突如ぬっ、と伏犠のでもガラシャのでもない、人の影が割り入った。

「お、」

伏犠が気が付いて顔を上げた。
ガラシャはまだ地面と睨めっこしながら口の中でブツブツと、愛らしい少女の声で何事か呟いている。
伏犠は影の主に声をかけた。

「空の話じゃよ、信長」

「で、あるか」

「あ!ほんとじゃ、信長様じゃ!」

ガラシャは慌てて立ち上がると、たどたどしく挨拶を始めた。
信長はそれん片手で制し、地面に視線を落とした。
信長の表情の変化を判る人間は少ない。
だが、常に浮かべている笑みを僅かにこの時、深めたようだった。

「理に適っている」

それだけ言うと、暗くなりかけている中を陣屋の方へ、さっさと帰ってしまった。
その背を最後まで見送り、ガラシャは大きく首を傾げた。

「今のちょっとで、わかっちゃったのかのぅ」
「ありゃ変わっとる」

伏犠はしみじみとした調子で言った。己を省みるよう誰か進言するべきだったが、
それにあたる者は生憎その場に居なかった。
ガラシャはどうせ同じ位には変わっていたし、自分の目では確かめる事もできない、空の理に夢中だった。
太陽に落ち続けている、自分達の世界。
この世界もまた一つの星だなんて思いもしなかった。
よくわからない話やピンと来ていない部分も多い。だがきっと本当に違いなかった。
やはり世界は不思議で美しい。

ガラシャは土の上に散らばる星を見つめていた。
彼女のキラキラした瞳の中で、足元に広がる記号達が、まるで宇宙の星達のように、輝き、浮かんでいた。
自分の大好きな人達に、今の気持ちを伝えたい、とガラシャは思った。

直に空を夜が覆い始める。
伏犠は見上げ、目を細めて、星が昇るのを待ち構えた。









戦国シナリオにガラシャはいませんが、まあフリーモードってことで。
少女漫画見たいだ……と、読んだ事もないくせに思ってたんですが、
おっさんしか出てきてませんでした。(それも人外)
何故か私は伏犠さんをSFの人だと思っています。
だって悟り過ぎだもん。多次元で生きてるに違いない。
電波で申し訳ない。こんな話を読んでくださってありがとうございました、お疲れ様です。























ひるまのつき