次に野郎に会ったのは山崎だった。
その前にやっかいな奴にも会って――まあいい、聞いてくれ。

切り立ったそびえ立つ崖だらけの山崎は、地形的に山頂を取られちゃまずい。
でも取り敢えずそこは誰のものでもなかった。山頂を挟んで東と西。北は岩壁。先発隊が山頂へ向かった。
山頂を取って、あとは南を封鎖すれば奴らに逃げ場はなかった。文字通りの弾丸の雨さ。
向こうもそれをわかっていたから、精鋭軍が最初から投入された。
俺も本陣に居る場合じゃない。
大半の連中に真っ直ぐ山頂に向かわせ、俺は数人連れて山頂を迂回するように道なき道を登り始めた。
本陣には顕如がしれっとした顔で収まってる。
変な坊さんだな。慈悲の心を忘れるな、だとよ。

潜んで射撃するのに都合のいい場所を探しに出たんだが、俺はこの件に関しちゃ天才だった。
いいだろ、自分を天才なんて呼んだって。事実て努力した覚えもない位だったんだから。
寄り道せずにぐんぐん登って行って、

「ここらだな」
「すげぇ」

連れてきた中の若い一人が興奮したみたいに言ったのが聞こえた。悪い気はしない。
実際なかなかのものだった。向こうからはこちらは見えない。ところがこっちから見たら、敵連中、全身に染料で的を書かれた案山子同然だ。祭りなんかである、五点、十点なんて点数を競うやつさ。
こういう所に立つのは中々いい気分だ。何にも知らないで戦ってる連中が、何も知らないまま死ぬも生きるも指一本ってのがぞくっとするんだ。
向こうの立場に立ってみれば遣りきれないが、仕方ないことだ、戦場だってことはわかっている筈なんだから。
狙うべき敵兵はこの場合分かりきっていた。
一人でこっちを全滅させようってぐらいに大暴れしているのがいたからだ。
その男と他の連中比べたら、腹を減らした虎と腹を減らしてない子亀位の違いがあった。
周りが撃つ準備が出来たのを見て言った。
「一斉にあのデカいのだ」男の名前は知っていた。
でも、もうすぐに意味を持たなくなる名前だ。

「いいぞ、撃てっ」

ボロ切れみたいになる筈だった。
でも傷一つつかなかった。奴はただでさえでかいその身の丈よりさらにでかい獲物を吠えながらぶん回した。それで全部の弾を弾き返しちまったんだ。おいおい、やってられるかよ、織田軍はそんなのの集まりか? 奴ら三度のメシに鉄でも食ってるに違いない。
野郎、言いやがった。

「俺に銃弾は効かんよ」

「嘘だろ」
横で呟いた声がした。馬鹿、ああくそ、耳のいい奴だ向こうにも聞こえた、完全に居所は知れちまったらしい。俺は次の弾を込めてから銃を構え直して立ち上がり、身を乗り出した。

「よお、あんただったのかい」

笑ってやがる。
異常な色の髪を生やしたばかでかい男は俺を覚えていた。
以前茶屋で会った事がある。その時は俺と戦場で会いたいだの言っていたが、確かに今実現して嬉しくて堪らない顔をしていた。

「前回があんな戦だ、あんたも腐ってるだろ。
降りてこい、いっちょぱあっと喧嘩してだな、憂さ晴らしといこうぜ」
「馬鹿言うなって慶次さんよ」

俺は足元を見下ろして、よじ登ろうとしていた敵兵士の目玉を撃った。
銃を構え直して今度は奴に狙いをつける。

「俺の獲物が見えないわけじゃ無いんだろ。降りて行ってどうすんだ。
これが俺の戦の距離なんだよ。あんたらの手の届かない所から一方的に、気付かれないまま殺すのが銃ってもんのやり方なんだ。もうあんたと俺は戦ってんだよ」

慶次は一瞬がっかりした顔をしたが、すぐにまたにやっと笑った。

「銃は臆病者の武器って事かい」
「おいおい、そんなでかい獲物振り回すのは臆病じゃないのかい。その気になりゃあ手ぶらの素っ裸で出陣だって出来るんだ、そいつが戦場一勇敢なのか? 要は何を選ぶかは使えるか使えないかってだけだろ」
「はっは!孫市さんよ、あんた屁理屈こねんのがうまいなぁ!」
「反論できないんだったら正論ってことになるぜ。覚えておくといい」

俺達はお互いを馬鹿にするようにニヤニヤ笑い続けていた。慶次の方が若干人が良さそうな笑みだったかもしれないな。俺は笑いながら引き金を引いた。同時に慶次が俺の足元の岩壁に向けて獲物を繰り出した。足場が崩れて、俺達は滑り落ちた。
最初度肝を抜かれたが、落ちてることを自覚して、急いで空中で体を捻った。受け身が取れればいいが。
銃も危ない。変な持ち方してたら余計な怪我をする 。―ー手首が折れるとか、剣先がぶっ刺さっちまうとか、若しくは、銃の方が途方もなくひしゃげちまうとか――俺は銃を庇うように抱え込んだ。

着地はまあまあだった。
つまり、悲劇的なまでの大失敗って訳じゃなかった。つんのめってたたらを踏んだがね。
――俺の仲間が一人―首を折って動かない――死んでる。慶次の切っ先が振るわれる。軌道は掬うように足元から首まで―剣先で受けるか、いや、まずい、力負けだ、すんでの所でかわす。俺の代わりに後ろに居たもう一人の首が吹っ飛ぶ。――銃を抱いたまま首のない体が倒れる。全てが俺の視界の端で起きた。

背後に気配がした。振り返り様に慶次と目があった。
殺意にギラついた手負いの虎の目。
髪に焦げ跡。俺の銃弾が頭蓋をかすっている。

俺は走って死体の山を乗り越えた。
弾を込めると、慶次を待った。

「出てこないのかい!孫市!!」

俺は応えなかった。
出ていくわけないだろ。お前が来るんだ!!
来い、慶次、撃ち殺してやるよ!!

「――やれやれ、続きはまたのお楽しみ、か。まあそれもいいや」

前田慶次はあっけらかんと言い放って、手前勝手にでっかい馬に乗って居なくなっちまった。

また、だと、全く冗談じゃない。
またなんてもんがあってたまるか。
あいつと俺、至近の戦いに限って言えば天と地ほどの力の差がある。はっきりわかりきっている。次、至近距離でやり合ったりしたら、俺は自分の首を小脇に抱えて帰る羽目になる。いや、軽くすんでの話だ。じゃなきゃ粉々、俺だったって見て判るものは何も残りはしないだろうよ。
あんな赤鬼みたいな野郎と懐距離でチャンバラもどきやらかすような、キチガイ沙汰飲むもんか。
二度とごめんだ。二度と。

さっきまで実際にやりあったことを考えると寒気がした。
紛れもなく死ぬところだったんだ。屁理屈だと? あんなの全部虚勢だ。俺は心底ビビってた。金玉が縮み上がって体ん中にもぐり込んじまうんじゃないかと思ったくらいだよ。
不様にわあわあ騒ぎ立てないだけの分別に感謝しないとな。

距離だ。俺には距離が必要なんだ。俺の距離でやらせて貰えれば鬼だろうが天狗だろうがぶっ殺してみせる。
前田慶次がどうしても俺の手で死ぬのがお望みなら再戦は目当て越しにやらせてもらうぜ。






















代償の血を流せ 3