轟々と火の粉を上げて寺が燃えている。
寺など失せ消えようとも何とも思いはしない。気分が良い位だ。
神や仏など信じてはいない。あれは弱い者どもが頼りにしたり言い訳にしたりする都合のいいただの的だ。俺には必要ない。この寺とて俺が燃やしたのだ。
こんなもの崩れれば木と石の集まりでしかない。人が死ねば肉の集まりに過ぎない事と同じだ。
今、俺の元に向かい来る男は俺をその肉の集まりにしたくて仕方ないらしい。
俺も人を殺す。だが俺は正気だ。
あれは狂人だ。人を殺す事にしか興味の無い哀れな男だ。
正気も持たぬ相手に負けるほど俺は弱くは無い。
ただ、兵共は知らん。やつらは脆弱だ。先から幾人もの死ぬ声が聞こえる。
丸も殺られただろう。子供とは思えぬほど出来たが、死ぬ時は死ぬ。早すぎるとは思うが、もう仕方が無い。
やはり俺が殺すしかない。先ほど女がやけに意気込んで出て行ったのだが、どうやら駄目だったらしい。
男が部屋にぬっと顔を出した。青っ白いつるりとした面に白い髪がへばりついている。
相変わらず何が楽しいのかしきりにゲラゲラ笑っている。俺がその顔に銃を向けるとぐるり、と大きく傾いでいた頭を回してこちらを見た。いつも思うのだが蛇に似ている。いつでも、簡単に潰してしまえると思っていたから捨て置いていた。
狂人といえど俺に勝てないことくらいは把握できているだろうと、内心その殺意を嘲っていたのだ。
「笑うな、光秀」
「楽しいのですよ。ずっとこの時を待っていた。ああ、信長公……。貴方の無念でこの鎌を染めるのをずっと、ずっと私は夢見てきたんだ……」
恍惚とした表情で天を仰いでいる。俺をもう殺した気で居るのか。愚かな。
「ほざけ、光秀。こちらを向け。余を恐れるか」
「そう……ですね。怖いですよ。貴方はとても怖い……だからこそ、殺し甲斐があるのです」
彼奴の顔面めがけてそのまま銃を放ったが、小賢しくも既にその場に奴の姿はなかった。
振り向き、振り下ろされた鎌を剣で受け止めた。
数合打ち合う内、奴はどれだけ俺を殺したいと思っていたかなどベラベラと捲くし立てた。そんな話どうだっていい。捨て置いたらまたゲラゲラ笑い出した。つい俺も笑った。変な男だ。さっさと死ねばいいのにしつこく食い下がりおる。まあ俺の部下だったのだからそれなりに強さは持っている。
腹の横に鈍痛が走る。何時の間にやられたのかわからない。鎌は鋭く、当たれば俺の鎧を砕く。いくらか血が出た。
横に凪いだ所をぐにゃ、とひしゃげて避けられた。思わず銃の柄で叩き潰すと呻いて床に転がった。
止めを刺そうとした刹那、足元で奴が鎌を振り回し、片脛の部分の鎧が砕け、血が噴出した。
呻いて片膝を付くと奴がヨロケながら立ち上がってまた笑っている。
「どうやら私の勝ちの様だ……。ふふ…ははははは!!もっと悔しそうにしたらどうです!!」
「うつけめ、消えよ!!!!」
銃を向け、引き金を引く。弾が飛び散り、光秀の顔が吹っ飛んだ。後は血を吹き上げる赤い断面が残るだけだ。
がくり、と体が崩れ落ちた。まだ喉から音がしているが声でもなんでもない。ただの漏れる息だ。それでも笑っているようだ。これで奴も肉の集まりだ。削いであの蛇面の中の骨がどうなってるか見てやってもいい。だが首は邪魔になるだろう。第一顔の骨は砕けてしまったか。
外へ出て歩くが、全身が痛む。光秀にこうも苦戦するとは己の弱さが腹立たしい。
死体の中に女が倒れていた。
まだ生きていたので体を起させてみたがもう数秒の命だろう。
黒い着物で見えていなかったが、俺の鎧にべっとりと女の血が付いた。大分流れたらしい。
俺を見て嬉しそうな顔をした。
「俺も死んだとでも思っていたか」
「いえ……。生きて、いらっしゃると信じて、いました」
「それなら何をそう喜ぶ」
「最後にお顔を、見られたからです」
俺の体を見て眉を顰める。
「使えぬ女で、申し訳、ありませんでした」
「これはお前の血だ。俺は無傷よ」
「それでもお守り……できなかった事が、悔しくて堪らないのです」
泣くのを堪えられなかったらしいが、泣き顔のまま顔を上げた。
「一刻も、早く。この場をお去りください。濃めのことは、どうぞこのまま寝かせて、置いて行ってください」
「ではもう俺とは来れないのだな」
「申し訳、ありません……」
「ふん、構うな」
言われるまま置き去りに去ろうとすると、後ろから微かに濃が俺を呼ぶ声がした。
「上総介様」
「何だ」
振り向いたが、もう死んでいた。何を言おうとしたかなどわからない。
煙を吹き上げている瓦礫を吹き飛ばすと先に通路があった。
一歩、歩く毎に俺の体からも血が流れ出ている。また後ろを向けば転々と後になって付いているだろう。
闇の向こうに幾つもの火が整然と列を成し浮かんでいる。光秀の軍のものだろう。
俺とは一人でやるとでも言って待たせていたのか。
俺の姿を見つけたのか、隊列に乱れが見え、どよめきが起きていた。
こちらの兵はどうやらほぼ横たわっているらしい。この場に俺の味方は最早誰も居ない。
向こうの兵数もどうやら大分減ってはいるようだ。俺に怯えている。
大将が負けたと悟ったのかも知れない。
「この様な粗末な謀反、成るとでも思っていたか馬鹿共!!」
怒鳴るとまた高い声が響き、いくらか逃げた兵がいた。だが残るものもいた。
愚か者共めが。己もわからん奴らには吐き気がする。
怒りが俺の身を焼いた。殺さぬと収まらん。
光秀如きを恐れていたのでは、真の恐怖も知らぬのだろう。
この俺が、わからせてやる。
「恐れるな、相手は一人だ、それも傷ついている様子だ!!」
張り上げられた声に、動揺露わな掠れた鬨の声が響いた。
槍がこちらに向けられる。銃が構えられる。
何だ。まだ戦う気か。纏めて地獄へ送ってやろう。
「余を貴様等如きが滅そうとは……笑止!!」
足は痛むが忘れるように努めて駆け出した。
幾つもの首が飛ぶ。幾人もの血が流れる。全て、奴等が馬鹿だからだ。
俺に弾は当たらん。俺に剣撃は届かん。何人も俺を殺す事など出来ない。
気が付くと笑っていた。何が可笑しいかなど知るか。
俺は病だ。
この愚かな時代を殺す病なのだ。
<了>