信州は上田盆地を西側に寄って走る国道がある。BMWのハンドルを左に切って、真っ直ぐ正面の渓谷へ向かってゆくと、やがて温泉街の看板が見えてくる。それが別所である。
車をホテルに停めたあと、伊達政宗と真田信繁は、浴場をさがしに、支度を済ませて町へ出た。
「真田信繁公の隠し湯だそうじゃ」
政宗がにやりと笑って石碑を指差すと、
「仙台にあるあなたの史跡には敵いません」
信繁は軽くいなして返す。
浴場はすぐに見つかった。
入浴料は一五〇円であった。番台に払うと、信繁はふと、そこに座る老人が、上田に縁のあるのかと気になった。かつて父が、兄が、治めていた土地に暮らしていたものの、子孫なのだろうか。
「……信繁」
政宗に呼びかけられ、信繁はふと感傷にとらわれていたことに気がついた。
いま自分が誰なのか、ふとわからなくなる。
○○○○なのか、真田信繁なのか、それとも真田幸村なのか。
真田信繁、と呼ばれていた過去はあったように思う。あれが転生前というなら、この国じゅうに広まった、日本一と賞される兵は誰であろうか。あのころ自分はただ流転するばかり、そのときを生きただけ、何がそれほど褒め称えられるのか、自分にはわからない。
幸村、と自分を呼ばない政宗の気遣いに、
信繁は、
好きだ、
と思う。
「……わしの顔をじっと見ても何も出さんぞ。早く脱がんか」
早くもシャツを脱ぎ捨てて、意外にも丁寧に畳んでいる政宗の隣に立ち、自分も腰にタオル一枚になる。
曇りガラスの引き戸を開けて、身体を簡単に流し、岩を掘ってそのまま湯を溜めたような、ちんまりとした別所の浴槽に身体を沈めた。
「この湯は古いのか? 」
岩盤にもたれかかって、信繁の正面とも隣とも言えない距離をたもって、政宗が尋ねてきた。
信繁はうなずく。
「ええ。坂上田村麻呂公が北征の際に、立ち寄ったと聞きました。ですからそのころには、すでに名が知られていたのでしょう」
「坂上田村麻呂。平安の昔の征夷大将軍か」
ふん、と政宗は、毛ほどの敬意も込めない調子で鼻を鳴らした。
征夷大将軍、その座を目指して誰もがやっきになっていた時代を、信繁は思い出す。
「その北征じゃが、何を攻めに行ったか知っておるか。蝦夷よ。わが祖は蝦夷討伐のため奥州に赴いたが、およそ百五十年ののちわが祖は蝦夷と結びつき、奥州藤原の初代が生まれた。ゆえに我が祖は憎まれて、錆びた刀で首を鋸引きにして殺された。そのように命じたのは時の将軍、将軍、源頼義」
「……武田の祖は、頼義の子です」
信玄公さえご存命なれば、天下さえ獲れていれば。大将軍が名乗れたはずだと、遠い昔、信繁は聞いたことがあった。
「母、最上も清和源氏の子孫であるから、……転生して後のほうが、わしはわしの血の業を知ることができた、信繁」
転生は。
死の後があったことは。
悪いことばかりではなかったろうと、政宗は薄く笑った。
そうだといいと、信繁は思った。
誕生日を祝ってくださったきく乃さんに
捧げるべく何か書いたものの
大河「炎立つ」とはるとき3十六夜記のコンボのせいで
源氏と奥州の業の深さモエ!にしかなりませんでした。
ちっとも祝ってなくてすみません。
返品はだんぜんオッケーです。