九月の二十日を過ぎたというのに、肥前名護屋は信じられないほど暑かった。伊達政宗は片倉左門に団扇を扇がせながら、自身も扇子をつかっていた。生ぬるい風が鼻の前でぶつかって、相殺される。ならばどちらか扇ぐのをやめればよいのだが、一瞬たりとも風を止めたくない。
政宗は茹だったあたまでぼんやりと、わしは北国の生まれじゃからのうと思う。他の武将が驚いていた、朝鮮の秋の訪れの早さには順応できた。だが、残暑ばかりは耐えがたい。
「小十郎はいかがした」
政宗はふと尋ねた。かれの片腕の小十郎は、怪談の類に詳しかったからである。怪談で涼しくなるのは気分ばかりだが、それもまた風流というものだ。風流でもいい、少しでもこの暑さがましになるのなら。
八つになったばかりの左門は父の行方をはきはきと答える。
「父は真田幸村殿のところに行っております」
真田幸村。
政宗はその名を舌のなかで転がした。爽やかな心地がした。聞くとたちまちのうちに会いたくなって、政宗は腰を上げた。
「支度をせい、真田家へ行く」
「はっ」
片倉小十郎と真田幸村は、小田原で一目会って以来の友人だ。小十郎が陪臣で、年も一回り上とは思えないほど仲がよい。おそらく、小十郎が政宗の父、輝宗の代になって取り立てられたものの代々神主の家系に生まれたことと、真田家が信州にあって家中統一の際、産土神への信仰を掲げたこと、神職の家系どうし、通じるものがあるのだろう。
ちり、と妬けるのを感じて、政宗は左門とわずかな供を連れて伊達屋敷を後にした。むろん政宗は伊達者であってので、着替えることを忘れなかった。
街をゆく。街はすなわち、名護屋城である。秀吉に命じられて、天正十九年に工事がはじめられたばかりであるが、わずか五ヶ月で完成した。視界の隅にきらきらと映る、天守は漆喰総塗込である。政宗はわずか二年前、小田原参陣のときには、漆喰の白さが、特殊な和紙を塗りこめることでつくられるということも知らない田舎者であった。
政宗は苦笑いをかみ殺した。そのうちに、真田屋敷に着いた。
「伊達陸奥守である、誰かおられぬか」
左門の甲高い声が響いた。
「少々お待ちくだされ」
普通、小姓なりに命じて返事をするものが、直接幸村の返事が聞こえた。政宗は幸村のそういうところを好ましく感じていた。屋敷の奥ではなく、庭にいる気配がする。
「入るぞ」
政宗は礼儀を無視して、ずかずかと上がりこんだ。武家屋敷の造りなどどこも似たりよったりであるから、庭に出ることなどたやすい。
「殿、」
小十郎がとがめた。政宗はそれを目にしてしまってから、しまった、と思った。
真田幸村はもろ肌を脱いで、頭から水浴びをしていたのである。
信州で野山を駆け回っていた幼少時代の頃からであろう腕の日焼け。それがだんだんと、越後に人質にやられていた時代を感じさせる胸の白さに繋がっていく。
「ゆ、幸村」
「片倉殿にもどうかと尋ねていたところでござった」
まったく薬が過ぎて毒だ。目の毒だ。
「小十郎」
政宗は小十郎に助けを求めた。小十郎がかわいそうなものを見る目でこちらに視線をやった。止めましたよ私は、と言いたげだ。
たじろいだ政宗に、
「ご無礼を」
幸村がばしゃん、と水をかけた。
一張羅から水を滴らせながら、政宗はかなわん、と心の底から思った。こいつには一生かなわん。認めてしまうと、笑みがこぼれた。