慶長二十年四月、伊達政宗は江戸にいた。宣教師そてろから伝え聞いた、呪われた恋を思い出していた。

きりしたんの神の子に洗礼を与えた、預言者がいた。神の子を恐れた王は預言者を捕らえたが、その姫が預言者を愛してしまった。しかし預言者は求道者であったがゆえに冷淡であった。姫は半ば裸体となって父王を誘惑し、預言者の首を所望する。そしてはじめて接吻する。

――口づけするよ、よかなあん!

政宗はうつくしい、悲劇的な物語を好んだ。悲しみの記憶を忘れまいと誓った、父を殺した日から、その記憶が薄れ、自らを物語に重ねて述懐できるようになってから、いつのまにかそのようになっていた。豊臣家のように滅びゆくものに対して、政宗の同情は深い。もっとも、これから大坂へ赴くという日に、内面を表に出すことはしない。政宗は男である前に、奥州の大名であった。

政宗は大坂再征の命をうけて、下知をくだす。

「これが最後の戦ぞ、存分に槍働きせよ!」

隻眼で家臣たちを見回した。意気揚々と、「エイエイオー!」という掛け声が返される。政宗は満足げにうなずいた。すると五枚胴に、兜鉢は金箔、前立ては八日月、愛宕権現の札――片倉小十郎重綱が、前に出た。

「恐れながら、先陣は私めにお任せ願いたく!」

政宗は重綱の面を見た。はっとするほどその頬は白い。白石城を継ぐ身分にもかかわらず、充分に武働きを見せようとする気概は、戦国最後のものに思えた。政宗は重綱の頬に赤い返り血を幻視した。その鮮血は、政宗にとっては唯一の者から飛び散っている。日の本を二分して争ってみたい切望した敵、滅び行く豊臣に身を置いて、悲劇にとどまらぬ戦いを見せる男。

あの男に、手をくだすのは重綱がふさわしい。あの男を殺すための指揮をとるのが己なら。

口づけするよ、よかなあん!

政宗はあの男、真田幸村の血を舐め取るように、重綱の頬に口づけをした。