一代目片倉小十郎景綱が病死して三年が経っていた。

景綱は元々神社の子である。義姉が政宗の乳母になっていた縁で、守役となった。政宗とは十年上なだけで、守役には若すぎる。

また、景綱自身いちど断ってもいる。

景綱は、京にのぼることを夢見ていたようである。戦国時代の青年らしい青年であった。だが、みちのくにあっては、珍しい部類には入っただろう。承諾してからは、政宗に都の壮麗さを教えた。また、武人として立つからには、天下を狙わなければならないとも繰り返した。政宗は、そのような環境で育てられた。

二代目小十郎である重長は、忠義と夢の間の子である。

景綱の二十四歳のとき、妻が妊娠を頬をほころばせて妊娠を告白した。だが景綱は、すぐさま主君を思った。そのころ政宗は元服し、田村氏から愛姫を娶ったばかりであった。景綱は、先に子ができることは忠ではないと考えた。赤子を殺そうとしたのである。政宗が、

 

彼生まれ子の事、是非なく押し返し候へく候由、聞き及び候、さりとては、身の心さしにたすけ給へく候、末の事を、覚つかなく思ひ候て、其方のとかくを言い候も、いかかにて候、ただただ身にまかせ候へく候、これを押し殺し候は、其方へうらみを深く申へく候間、ひらに。

 

其方の言い分もあろうが思いとどまってもらえないだろうか。子を殺すようなことがあれば其方を恨むぞ。どうかどうか助けてやってほしい。

 

という手紙を送って、子はたすけられた。それが、小十郎重長である。重長は武勇に優れた。病身の父に代わって参戦した大坂夏の陣では、道明寺の合戦で、後藤又兵衛基次を討ち取った。戦国時代の終わりとともに保身を考えるようになった大名たちのなかで、重長の働きだけが輝き、鬼の小十郎とあだ名された。

感心したのは東軍ばかりではなく、豊臣方の武将もまた、鬼の小十郎の働きに瞠目した。

とくに、真田幸村がそうであった。

幸村は、敵ながら天晴れと、次女梅を重長に預けた。彼女の弟、大八や妹の菖蒲をはじめ、家臣たちがみちのくにくだった。徳川幕府からの追及は、家系図を偽造して逃れた。

元和四年、梅は十六歳である。

梅は、弟や妹たちにとよく遊ぶ。

「お梅どのは、幼くなりましたね」

 というのは、重長の妻の言葉である。重長もそう思う。一人で真田家を守っていかねばならない気負いから、徐々に解放されつつあるのだろう。

「そうだな、はじめはお父上の代わりをしようと躍起になっていた」

「元気な妹ができたみたい」

 重長は、ううんと唸った。妻が何かしらと覗き込むと、大殿である政宗からの書簡であった。来る七月七日、七夕さんと呼ばれる行事を催す由、参加されたしとのことである。

「どうやら歌会のようですね。それで、お悩みなのですか? 」

「わしではのうて、連れて来いと言われた梅じゃ。もし詠めと命じられたら……。言うては何だが、真田家の者には歌の才が全く無いぞ」

「そのような」

 妻はあまりの言いように、品のいい口を小さく開けて右手で覆った。

「梅どのによると、真田幸村さまは九度山の折、好白と号していくつか詠まれたとか」

「それが、下手なのだ。梅もわかっておる」

 重長は頭を抱えた。

「心配なのですね」

「当たり前だ、わしは梅の第二の父のつもりでおるのだ」

「まあ」

 妻はふふふとわらって、みずから立ち上がって梅を呼びに行った。向かう縁側からは、十二になった大八が、論語を暗誦する声が響いている。

 

「おお、梅!」

 政宗は梅が籠から出ると、鷹揚に出迎えた。ちょうど馬上の人であった。すたりとおりる政宗に、重長は頭を下げる。

「お招き頂き、ありがとうございます」

重長とともに梅は挨拶を終えて、あたりをぐるりと見渡す。そこは、みどりの濃い笹が植えられ、そのはざまに夏の宵の影を映した湖面がのぞいていた。見事な庭園であった。その規模に、梅はさながら京、と思う。

のぼったことはないけれど、きっと京にはこのように見事で人工的な庭園があるのだろう。しかし、梅はさながらというところに悲しみを感じる。鄙の華人と称され、奥州王と呼ばれることは賛辞とともに侮りでもあることに気づかぬほど、みちのくの人々は愚かではない。

――けれど、いとおしんでいるのだ。

梅はハッと振り返った。己のものではない気持ちが、胸の奥に触ったのがはっきりとわかったからである。

誰か。

この夜にはひとりしか、いない。

「何ぞ、歌は考えたか」

 梅は目を見開いたままだ。

「そなたは重要な預かり娘である。よい歌が出来たなら、恋を叶えてやらんでもない」

 梅は正面に政宗を捉えて、はっきりと答えた。

「わたくしの想い人は、父真田幸村のみにございます。ですから今宵、会いました」

「ほう! 」

 政宗は手にしていた扇子を鳴らした。

「真田幸村とは、いちど語り合ってみたい。梅、呼んでみせい」

「できませぬ」

 梅はかぶりを振った。

 政宗の後ろ、湖には星の河が流れている。

「大殿には父がお見えにならないでしょう。大殿は、父を死んだものと思わず、まだある友としておられるゆえ」

 湖のほとりに、小柄な男がいる。白髪と黒髪がまだらになっていて、くるまれた顔は小さい。やわらかな笑みは、やがて薄らいで天へと帰ってゆく。

 政宗はそれに気づいたのか、ふと顔を上げて空をあおいで、呟いた。

 

 なけきこし 人のわかれに くらふれは ほしのちきりそ うらやまれぬる


「……星のように、ここにあるのだ」






いつもと作風を変えてみようと思ったら説明が長くなった罠。皆さんご存知ですよね!すみません!
「菊花の契り」の伊達真田ヴァージョンを考えていたらこうなりました。歌は実際に政宗のものです。治家記録…1巻しか持っていませんので…(片手落ちである)お願いですから照らし合わせないでください…。