前髪の一本が白くなっているのに気づいて、真田幸村は畳から身体を起こした。

「大助、大助」

「はい」

 十二になった長男が、襖を開けて入ってくる。

「はい、何でしょうか」

「白髪を抜いてくれぬか」

 幸村は明るい縁側に寄って正座をし、正面に大助をむかえた。

視界の隅には、夏をひかえた庭が見える。

つつじのつぼみが、ほころびかけている。

その赤い色に、幸村はいくさを思い出す。赤は彼の色であった。

――真田家は、元々信州の土豪である。それが幸村の祖父、幸隆の時分、武田信虎に侵攻をうけた。領地を回復するため、次の信玄に仕えるようになった。幸隆はよくはたらいて、武田二十四将にまでのしあがった。

次の代の昌幸は、兄二人が長篠の戦いで戦死したため当主となった。武田家が滅んだあとは、巧妙に立ち回って領土を勝ち取った。そのとき鎧の色も引き継いで、真田は赤備えと呼ばれるようになった。

「父上、目を閉じてください」

 幸村はハッと我にかえった。

 言われた通り、瞼をおとした。

――信州は交通の要所であったためさまざまな大名に仕えることでみずからを守った。あるときは、二万もの徳川勢に攻められたが、農民を含めた五百の兵でそれを撃退している。

関ヶ原の合戦のときは昌幸と次男幸村は西方に、長男信幸は東軍についた。昌幸と幸村は、関ヶ原に向かおうとする徳川秀忠ひきいる軍勢を退けたが、肝心の首魁石田三成が敗北したため、紀州に配流となった。

昌幸は昨年病死した。再びの関ヶ原を、夢見、家康と豊臣秀頼の衝突を夢見ながらの死であった。

幸村はその願いを継ぎたい。父が武田の赤備えを継いだように。だが、病床の昌幸は、

「おまえではいかん」

 とかぶりを振った。

「おまえは度胸もある。器量もある。才覚もある。だが、名が知られていない。日の本を二分するいくさで指揮をとることは、叶わぬだろう」

 そうだろうか、と幸村は思う。その通りだ、とも。たとえ自信があろうとも、局地戦の部隊長止まりであることを、幸村は予感している。はじめから無念と決まっているいくさのために、息子二人と娘六人、危険に晒すのか、とも。

「もうようございますよ」

 幸村は目を開けた。大助は済まなそうな顔をしていた。

「申し訳ございません、父上。その、白髪があまりにも多かったもので……」

「いや、よい」

 手で制しながら幸村は、みずからの老いを感じた。ひたひたと迫ってくる。そのまま老いていくのか。何もなせず、死んでいくのか。

 たとえ本分を発揮できなくても、構うものか。

私は合戦に参じる。

「許せよ」

幸村は、心をきめた。