「そのような若武者一人に、いつまで手こずっておいでです! 」
怒鳴るようにして伊達政宗を諌める、頬傷の印象的な背の高い男の姿を認めたとき、真田幸村は深く深く安堵して、両の手に握る槍を取り落としかけた。幾度目かは数え切れないが、さすがに一騎打ちの最中に武器を手放したといっては武士に名折れであるからそれはこらえたが、安心のあまり膝から力が抜けてしまった。嬉しくて笑いだし、しかも涙まで毀れてしまった。当然打ち合いは中座である。伊達とその信頼を厚く受けながら、しかも手を出さず闘いの行方を見守っていた感心するほど出来た部下は、二人ともぽかんとしていた。その表情が似ていたので、幸村はまた吹き出してしまった。
 
興ざめだ、と呟いて伊達は刀をすべて鞘に収めた。政宗様! 男が咎める。伊達はふて腐れたように、「あいつは丸腰の男は斬れねえよ」答えて、幸村に視線を寄こした。
 
それが幸村と片倉小十郎の出会いであった。幸村と伊達が刃でなく身体を交える関係になっても、小十郎は伊達を諌めつつ、あいかわらずそこに佇んでいた。自然、幸村と小十郎二人きりの会話生まれる。
たとえば幸村が伊達を訪ねたところ、急用あって留守だった今夜のような庭で並んでかわされるのだった。
「それがしは、叱られると嬉しいのでござる」
「真田どのは変わっておられますな。政宗様ときたら、すぐ嫌な顔をなさる」
「それがしは戦馬鹿の若輩者にござる。お屋形様と佐助が叱ってくれねば、きっとそれを忘れて、討ち取った首の数に慢心してしまう。だからそれがしは、嬉しいのでござる」
「政宗様にも聞かせたいところです」
間に伊達を挟まぬことには成立し得なかった邂逅であると幸村は理解していたし、それのわからぬ片倉どのではあるまい、片倉どのは片倉どのの本分をわきまえておられるだろうから、という確信もあった。
「政宗どのに、片倉どのがいらっしゃる。それがしには、とても嬉しい」
「真田どの」
「それがしは武田の者、政宗どのの好敵手なれば」
「真田幸村ァ、来てんのか!?」

 遠くからの伊達の声が遮った。幸村は縁側から立ち上がり、声の方向へと向き直る。
「それがしも忠心なら負けぬという自負はござるが、片倉どのの政宗どのへの心尽くしには、教えられることも多いでござる」
「政宗様に『教える』のは、俺の仕事……と申し上げたいが、真田どのになら許されましょう」
「幸村、小十郎! 何話してやがる!」
 どすどすと近づいてくる足音に、幸村は小十郎をみおろし、小十郎もまた、幸村を見上げて微笑みあった。
「秘密ですな」
「秘密でござるな」